2026年08月08日

花蝶

仕事仲間の7人が参加する2か月に1度の会食の場所を選んでいる。北大路本店を利用することが多いので、たまには別の場所にする。新橋演舞場近くの「花蝶」もよいと思った。飲み放題付で15,000円と言うリーズナブルなコースがある。
僕は1度しか行ったことがないが、料亭風の店である。「花蝶」というと、「花が女か 男が蝶か・・・・」森進一の「花と蝶」である。
この料亭は、昭和2年に料亭の仲居だった「お蝶さん」が独立して始めたものである。たぶん、有力な旦那がついたのだろう。

料亭「花蝶」の創業にまつわる「お蝶さんの旦那(後援者・スポンサー)」については、公の記録や公式な社史などには名前が残されておらず、歴史の表舞台には出てきていません。
昭和初期の銀座・新橋の花柳界において、一介の仲居や芸妓が独立して一等地の新橋演舞場近くに大料亭を構えるというのは、資金面・格式面でも個人だけの力ではまず不可能です。そのため、政財界の有力者や大旦那といった強力な後ろ盾(パトロン)が存在していたことはほぼ間違いありません。
当時(昭和2年頃)の新橋花柳界といえば、政財界の重鎮や大名士たちが夜な夜な集い、密談や交遊を繰り広げていた時代です。名立たる財閥の当主や政党の重鎮、あるいは大手事業家など、相当な影響力と財力を持った「粋な大旦那」がお蝶さんを支え、あの料亭を誕生させたのでしょうね。
表には一切名前を出さず、影でそれだけの店を持たせる−−まさに昭和初期の花柳界らしい、粋で影のあるロマンを感じさせるエピソードです。
posted by TASS設計室 at 15:44| 放浪記