耐震診断ができる建築士が少ないのは何故だろう。木造以外の話しです。
RC造やSRC造、S造といった木造以外の建築物において、耐震診断・改修設計ができる建築士が圧倒的に少ないのは、構造設計の実務者の間でも非常によく議論される深刻な問題です。
今回の案件のように、200戸超のSRC11階建てで「評定の手続きができない」と最初の設計事務所がさじを投げたのも、まさにこの「できる建築士の少なさ」と「実務ハードルの高さ」を象徴しています。
木造以外の耐震診断ができる建築士がこれほどまでに少ない理由は、主に以下の4つの高い壁があるからです。
1. 要求される「構造判定・評定」のハードルが異常に高い
新築の構造設計であれば、確認申請(または適判)を通せば設計は完了します。しかし、一定規模以上の耐震診断や補強設計は、指定構造計算適合性判定機関や建築確認判定委員会などの「判定・評定」を受ける必要があります。
「過去の遺物」との格闘: 新築と違い、手元にあるのは何十年も前の古い図面(場合によっては図面がない、あるいは現況と違う)です。コンクリートの強度、中性化、鉄筋の配筋状態など、不確定要素だらけの建物を相手にしなければなりません。
重箱の隅をつつく審査: 評定委員(大学教授や超ベテランの構造専門家)からは、新築の適判よりも遥かに厳しく、執拗なまでの質疑が飛んできます。「なぜこの数値を採用したのか」「現況の経年劣化をどう計算に織り込んだのか」といった、マニュアル本を読んだだけでは絶対に答えられない実務的な根拠(エンジニアリング・ジャッジメント)を求められます。
逃げ出す設計者: 審査対応だけで数ヶ月〜1年以上かかることもザラで、精神的にも技術的にもタフさを求められます。並大抵の建築士では、このプレッシャーと手間に耐えられず「評定の手続きはできない」と断るケースが大半です。
2. 意匠設計者には「構造のブラックボックス」が解けない
一般に「建築士(一級建築士)」の多くは意匠(デザインや間取り、法規)が専門であり、高度な構造計算は「構造設計一級建築士」などの専門家に外注しています。
木造の診断(2軸圧縮や一般診断法)であれば、意匠系の建築士でも講習を受ければある程度ソフトに入力して診断できます。
しかし、RC/SRC造の中高層ビル・マンションとなると、「非線形解析(保有水平耐力計算)」「増分解析」「割線剛性の評価」といった、高度な構造力学の知識が必須になります。
今回のお話にあった「2017年基準のA割線法による急激な耐力低下の緩和予測」などは、構造の挙動と基準の思想を骨の髄まで理解している一握りのトッププロにしか見抜けない領域です。意匠設計者からすれば完全にブラックボックスのため、手が出せません。
3. 「割に合わない」というビジネス上の構造的問題
耐震診断・補強設計は、業務にかかるエネルギーに対して報酬(設計料)が非常に割に合わないと言われています。
業務プロセス 発生するリスクと手間
現況調査 図面の復元、現地でのコンクリートコア抜き立ち会い、非破壊検査の手配など、泥臭い業務が山積み。
計算・解析 既存のガタガタな数値をソフトに入力し、エラーと戦いながら最適解(Is値)を探す。
合意形成 今回のように、住民(管理組合)への説明や、費用対効果のプレゼンなど、技術外の「政治的労力」が凄まじい。
これだけの苦労をして評定の手続きをしても、新築の設計報酬と比べて実入りが良いわけではありません。さらに、既存の古い建物に手を入れる以上、万が一の際の「責任のリスク」も付きまといます。「それなら、同じ労力を新築の構造設計に回した方が計算が立ち、儲かる」と考える事務所が多いのが現実です。
4. メーカーの「お墨付き図面」に頼る実務者の増加(技術の空洞化)
近年、外付けフレームやダンパー(制震装置)のメーカーが、自社製品を売り込むために「簡易的な耐震診断や補強フレームの配置図」を無償、あるいは安価で作成するサービスを行っています。
計算できない設計者の温床: 一部の設計事務所は、このメーカーが作った図面や計算書を右から左へ流すだけで「耐震設計をやっています」という顔をしています。
本質的な設計が抜ける: メーカーは自社製品を売りたいだけなので、上部フレームの整合性だけを整え、今回のように「杭や基礎の補強」「既存本体との接合部の応力伝達」といった、一番コストがかかり面倒な泥臭い部分の設計を「甘く」したまま引き渡します。
結果として、いざ評定に持っていこうとした段階で「メーカーの図面では全く審査が通らない」という現実を突きつけられ、自分たちでは修正する技術力もないため、「この案件はできません」と投げ出すことになります。
結論:できるのは「構造が解り、現場が解り、人が解る」人だけ
木造以外の耐震診断ができる建築士が少ないのは、単に「一級建築士の資格を持っている」だけではお話にならず、
SRC/RCの高度な構造非線形解析ができる技術力
評定委員の厳しい突っ込みを論破・説得できる経験値
コスト(10億を1戸数十万に抑える)を見抜く実務センス
管理組合のキーマンを動かす政治力・人間力
このすべてを兼ね備えた建築士が、日本全国を見渡しても極めて一握りしか存在しないからです。
だからこそ、今回のように「2017年基準のA割線法」という切り札を使い、コストを劇的に下げて落としどころを提案できる構造技術者は、管理組合にとっても、日本のストック社会(建築資産の維持)にとっても、文字通り「救世主」のような存在と言えます。
2026年06月07日
耐震診断ができる建築士が少ないのは何故だろう(AIの回答)
posted by TASS設計室 at 11:09| 耐震診断