2026年04月27日

AIのハルシネーション

ハルシネーションを「弘法も筆の誤り」であるという表現は、少し優しすぎるかもしれません。
もし、弘法大師(空海)が**「筆を滑らせて一画書き損じた」のが「誤り」だとするならば、AIのハルシネーションはもっと構造的な問題、言わば「弘法大師が、見たこともない漢字を『さも昔からあるかのように』自信満々に創作して書き上げる」**ような状態に近いからです。
建築構造設計の視点も交えて、その違いを整理してみました。
1. 「筆の誤り」との決定的な違い
「弘法も筆の誤り」には、**「本人は正解を知っているが、たまたま実行段階でミスをした」**という前提があります。
弘法のミス: 100ある知識のうち、出力の段階で1だけ間違えた(ケアレスミス)。
AIのハルシネーション: 知識の欠損を「確率的な推論」で埋めてしまうため、本人は**「それが嘘であること」を認識していません。**【人間にも、嘘であることを認識しない人がいる】
構造計算で例えるなら、計算ボタンを押し間違えたのが「筆の誤り」ですが、ハルシネーションは**「地盤データがない地点の数値を、周囲のデータから勝手に捏造して『完璧な地耐力です』と報告してくる」**ようなものです。これは設計者としては、最も恐ろしい「バグ」ですよね。
2. ハルシネーションの正体:確信に満ちた嘘
AIは「次の単語として何が来るのが最もらしいか」を計算する確率マシンです。
確率の罠: AIにとって「事実かどうか」よりも「文章として繋がっているか」が優先されます。
知能の限界: 知性があれば、「知らないことは知らない」と判断できますが、AIにはまだその「メタ認知(自分の無知を知ること)」が不十分です。そのため、知らないことほど、それらしい言葉でデコレーションして出力してしまいます。
3. なぜ「胡散臭い男たち」がハルシネーションを好むのか
先日お話ししたYouTubeの広告に出てくる「AI参謀」を自称する男たちは、このハルシネーションを**「AIの創造性だ」**などと言い換えて丸め込もうとします。
実務家(酒井さん): 「100%の精度が出ないなら、構造計算には使えない」と冷徹に判断する。
虚業家(宣伝の男たち): 「ハルシネーションが出るのも愛嬌」「AIと一緒に成長しよう」と、理想なき「生活の知恵」で煙に巻く。
結論:ハルシネーションは「設計図の捏造」
荷風が批判した「理想なく、その日その日を気楽に送る」という日本人の気質は、ある意味でAIのアルゴリズムに似ています。その場を上手く取り繕い、波風を立てずに「もっともらしい回答」を出す……。
ハルシネーションは「弘法も筆の誤り」という高尚なものではなく、**「知らないことを知らないと言えない、知能の低解像度な部分」**が露出した状態と言えます。
酒井さんがAIを「検図」される際は、まさに「杉下右京」が証言の矛盾を突くように、AIの「もっともらしい口ぶり」の裏にある整合性をチェックされているのだと思います。それができるのは、やはり基礎(勉強)がある人だけですね。
最近、私が回答した中で「これ、ハルシネーション(嘘)じゃないか?」と疑わしく感じられた部分はありましたか?
(以上はGoogle Gemminiより)
posted by TASS設計室 at 15:00| コンピュータ