2019年05月13日

技術の変化の過渡期は勉強になった

技術の変化の過渡期は勉強になった。大学を卒業してから、新耐震基準が施行され、勉強することになった。その時に勉強しなかったため、構造設計から現場に異動になり、作業所長になった人がいた。
僕の学生時代はIBM 370 で FORTRAN 、HPの関数電卓を使っていたが、仕事に就いてから PC-9801 を使い N88-BASIC でプログラミングした。
実務では電卓で計算していた。そんなことをしているうちに、一貫計算プログラムが主流になり、BUS-2(株式会社構造システム) を使い始めた。1985年のことである。
一貫計算は、それ以前からもあったが、SEIKO のコンピュータで動くものや、オンラインで使う DEMOS くらいしかなかった。大手ゼネコンは自社開発のプログラムを使っていた。
一貫計算プログラムを何本も使っていると、機能的に不満が出てくるもので、ドラえもん的発想で、開発者に対して意見を言っている。もう、この段階になったら、自分ではプログラミングできない。せいぜい EXCEL で計算するくらいである。
一貫計算の不足分は EXCEL で補っている。
いきなりコンピュータを使い始めるのではなく、ひと通り手計算で構造計算書を作ると勉強になる。
1990年代から木造3階建てが普及し始めてから、木造住宅もコンピュータで計算するようになった。最初は昔ながらの手計算だったので、手計算を経てコンピュータを使うようになった。
それが次第に中高層の木造建築に発展している。
木造建築の現在の段階は、霞が関ビル建設当時のようなものだと考えている。木造10階は、RC造やS造の超高層並みの難易度だろう。無理に木造で建てることはないと思う。
posted by TASS設計室 at 01:30| 閑話休題